歴史

大河ドラマ西郷どんで、西郷隆盛が設立した私学校はどんな学校だったのか





こんにちは、シロチワワです。2018年の大河ドラマ西郷どんでは、西郷隆盛の生涯をドラマにしています。西郷が建てた私学校について西南戦争を起こすきっかけになったと言われることが多いと思いますが、実際どんな内容を教えていたのでしょうか。興味がありますよね。

 

今回はそんな私学校の内情について調べてみたいと思います。

大河ドラマ西郷どんで、西郷隆盛が設立した私学校はどんな学校だったのか

西郷隆盛がが建てた私学校の教育内容と設立の経緯について

 

前回の記事で紹介した征韓論で敗れた西郷は、明治政府を去り、郷里である鹿児島に戻って来ます、これを明治6年(1873年)の政変といいますが、西郷の辞職に合わせて政府関係者の600名近くが同様に官職を辞職するという非常に大きな政治的な事件になりました、それほど西郷の影響が大きかったという事と、征韓論の対応に納得がいかなかった人々が多かった証拠だと思います。

 

さて、鹿児島に帰って来た西郷は、上野の銅像にあるように田畑や山野で猟をするなどします。

 

そして、1874年6月に私学校を設立します。目的は、政府に不平不満を持ち官職を辞職して来た人々や不平士族たちが鹿児島に集まり、いつ爆発してもおかしくない不穏な状況を解決し、国家に大事あれば駆けつけることができる人材を育てるという理念のもとに設立されます。

 

興味深いのは、大久保利通もこの私学校の設立に理解を示し多額の資金を提供していたことです。つまり、政府の中でもこの考えに賛同する人々が多かったということだと思います。

 

鹿児島は、西郷がいるから反乱は起こらないと思わせたのもこの理念や教育方針にあったからではないかと思います。

私学校の教育方針と西郷以外の中心人物を紹介

 

西郷以外の中心人物としては、桐野利秋、篠原国幹、村田新八と明治政府で要職を占めていた人々でした。彼らを中心に私学校は、運営をされていきます。

幼年学校、銃隊学校、砲隊学校の3つからなり、教育内容は漢文の素読や軍事教練が教育の中心でした。今で言うところの陸軍士官学校といったところでしょうか。

 

合わせて吉野開墾社を作り、開墾を奨励するなどし、地域の殖産産業の育成にも力を入れていたことにも注目しなければなりません。

開墾事業をする事で、国の礎である農業体験と人材育成も目指していたことが分かります。国の基本は農業と西郷が考えていたことを示している証拠だと思います。

 

とかく私学校は、軍事教練中心と思われがちですが、西郷の考えの中には農業育成も柱としており、後に訪欧の誘いも断るなど農業育成に非常に力を注いでいたことが分かります。

この私学校ですが最盛期には、鹿児島県下に130の分校ができるなど非常に大きな学校として育っていくことになります。

 

もし時代が緩やかであれば、現在の大学の走りになっていたかと思うとやはり時代は残酷と言わなければならないと思います。



大河ドラマ西郷どんでも描かれた、私学校のその後

 

さてこのような教育を続けていく中で、大きくなった私学校の中から、鹿児島県の各種関係者に取り立てられるものが、増えて来ます。

 

これは、私学校の設立にも協力した鹿児島県令の大山綱良の影響もあったと思いますが、もともと特別待遇になってしまっていた鹿児島がより政府から離れていくキッカケになってしまったと思います。

 

もともと県令は、原則同県出身のものではなく、他県出身者が当てられていましたが、鹿児島は例外となっており、旧藩主の島津久光の影響も結果大きく残ってしまっていました。

 

さらに西郷の建てた私学校の生徒が反政府的な考えを持つ者たちが多く在籍し、ますます鹿児島は政府の言うことを聞かない独立した地域となっていきました。

 

当時は、政府の政策に反対をする士族の反乱が各地で起きており、私学校の生徒たちもそれに一喜一憂する状況でありました。

 西郷は、それを感じとり極力私学校とは距離を置くようにし、自身が担ぎ出されなようにしていました。

 

担ぎ出されることの無謀さや政府に敵対することが、本意ではなかったからだと思います。

 

しかし、肥大化した私学校の末端まではこの西郷の理念や考えは浸透せず、危険視した政府側の対応とぶつかることになり、西南戦争を引き起こす結果につながっていくことになります。

 

まとめ

 

西郷が目指した私学校の真の目的は、直接語られることはありませんでした。文書などにも残っていないため、その後どうして行きたかったかは、推測するしか方法はありません。

 しかし、その理念からは今後の日本をもりたてる人材の育成を目指す学校であったのは間違いではないかと思います。

 

ただ個人的には西郷は、偉大過ぎたのではないかと思います。そのカリスマ性が良い意味でも悪い意味でも進む道を閉ざしてしまったのが残念でなりません。


















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